なぜ低学力のフィンランドが1位になったのか?
以前、「ウソが多すぎるフィンランド情報」の中で、“PISAという学力テストそのものが怪しいという話しがある”、と書きましたが、今回はフィンランドの教育政策と国際学力テストPISA及びテスト主催者であるOECDについて書きたいと思います。
分数ができない生徒の学力は高くない
まず、フィンランドの生徒の学力がとても低いということを確認しておきましょう。別の記事でも引用しましたが、もうひとつの国際学力テストTIMSSでフィンランドの生徒の8割以上が分数の計算問題ができなかった、という事実ですね。
通分が理解できてないので分数の計算ができないようです。
また、以下の現地メディアの記事は、"9学年生(中三ぐらい)の3分の2がパーセンテージの計算ができず、買い物をするときに値引き計算ができない" と書いています。上のテストの結果と呼応していますね。
よく言われるように、分数で躓く子供は多く、いわば教師の腕の見せ所なわけですが、フィンランドの子供達ほとんどがここで躓いています。先生の指導力も高いとは言えないでしょう。
ところで、こうした事実を示しても "分数なんて必要じゃない、フィンランドの教育はすごいんだ" と言い包めようとする人がたまにいますが、無理あり過ぎです。分数やパーセンテージを理解していなかったら後でかなり影響しますよ。
それに、日本で子供達の学力がこんなに低かったら大きな社会問題になっているでしょう。
従って、フィンランドの生徒の学力が髙い、と言ってはいけないのです。
OECDの秘蔵っ子だったフィンランド
このように学力の低いフィンランドがOECDのPISAという学力テストで1位になった背景について、オーストラリア、ニューイングランド大学の高山先生は以下のように述べています。
First, the OECD has actively promoted Finnish education as the global model of educational excellence. At the same time, Finnish education scholars ... maintain that since the 1990s the Finnish government has been "too eager to comply" with the OECD's policy recommendations. The OECD's promotion of Finnish education thus warrants some caution, as it actually serves to legitimize the OECD's educational policy directions and its role as the "global think-thank" in education policy matters.
OECDはフィンランドの教育を世界の教育モデルとして強力に推してきた。同時に、フィンランドの教育学者達によると、フィンランド政府は1990年代以来OECDの政策提言を熱烈に受入れてきた。つまり、OECDが自らの教育政策方針を正当化し、教育政策の国際シンクタンクとしての地位を築くため、フィンランドが利用されてきた。だから、OECDのフィンランド推しには注意が必要。
つまり、フィンランドは、OECDの秘蔵っ子みたいなもので、教育政策に関しては言いなりになっていたというわけですね。
フィンランドの数学の授業は「PISA数学」になっている、という指摘もあるのですが(柴田勝征著「フィンランド教育の批判的検討」P156)、こうした背景があるなら、授業が "PISA試験対策" になっていたとしても何の不思議もありません。
フィンランド教育を礼賛する人はよく、フィンランド・メソッドなるものを想定し、それを創り出したフィンランドの教育者や国民を口を極めて美化しますが、実際は、OECDの言う通りにしていただけだったと聞いたら何て言うんでしょうか。本当にシラケますね。
もっとヤバイのは、テストの主催者たるOECDに、特定の国(あるいは教育政策)をプッシュしたいという意図があったということになると、国際学力テストPISAは、忖度、談合、手心、依怙贔屓、不正 etc...といった誹りを逃れられなくなる、ということです。とんだ茶番だった、と邪推する人も出てくるでしょう。
しかも、そのように邪推すると、"なぜ学力の低い国が1位になったのか?" という疑問が一気に解決してしまうので、本当にヤバイですね。
PISAの数学のテストは数学の知識が要らない
こうした背景を踏まえて、巷にあるPISAテスト批判をいくつか紹介してみたいと思います。
PISAテストは基本的に、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3科目からなっていますが、数学や科学のテストでは、数学や科学の知識や技能が要求されない、という指摘がいくつかあります。
たとえば、元高校教師の神原敬夫さんは、PISAの科学の問題について、以下のように述べています。
生徒たちは特段の科学的知識を要求されるわけではありません。その「科学的」説明や科学に関する諸説について理解できることこそが目的とされているからです。
PISA調査は、知識より応用という考えが強いようだが、たとえば、溶液の知識を問わず、その先にある公害問題を問うていて、はたしてそれで、科学的リテラシーの問題と言えるのだろうか。科学的知識や論理はほとんど必要とされない。
また、数学の問題について、ヘルシンキ大学のMarjatta NäätänenさんとLiisa Näveri さんは、On mathematics teaching in Finland の中で、以下のように語っています。
The PISA survey leaves us, thus, with unanswered questions regarding many skills, like computing with factions, solving elementary equations, making geometrical deductions, computing volumes of solid objects, and handling algebraic expressions.
PISA調査は、分数の計算、初歩的な方程式の解法、図形的推論、立方体の容積計算、代数式の扱いなど、多くのスキルに関して我々に何も教えてくれない。
数学の知識の要らない数学のテスト・・・、これなら分数が解っていない生徒でもできちゃいますね。
問題冊子によって結果が違う
PISAの統計学的な問題を追及しているドイツ、ユーリッヒ研究センターの Joachim Wuttke博士は、Uncertainties and Bias in PISA の中で、以下のようなことに言及しています。
The largest difference occurs in the USA: students who worked on booklet 2 were estimated to have a math competence of 444, whereas those who worked on booklet 10 achieves 512 points.
最も大きな差はアメリカで見られた:問題冊子2をやった生徒は444点だったが、問題冊子10をやった人は512点だった。
つまり、PISAテストでは、(受験者全員が同じ問題をやるのではなく)数種類ある問題冊子のうちの一つが受験者に渡されるが、問題冊子2をやった生徒と問題冊子10をやった生徒では60点以上の差が出た、ということらしいんですね。
これ、マジすか?
テストをどう運用しているのか見たこともないので断定的なことは言えませんが、これが本当なら、プッシュしたい国には分数の計算など要らない簡単な問題冊子を渡して・・・ということもできてしまう、と邪推してしまいます。
海外ではPISA批判というのはかなり行われて、ここで取り上げたのはほんの一部です。しかし、日本ではPISA批判は少なく、上に挙げた方たちは本当に例外的なようです。礼賛ばかりしていないで、少しはクリティカル・シンキングして欲しいものですね。
以上、OECDのPISAテストは怪しい、ということを書いてみました。
しかしながら、PISAテストは「フィンランド教育ブーム」のきっかけではあるものの、"この教育ブームをウソでもいいから信じたい" という不気味な人たちが世界に大勢いることの方が問題だと思っています。そういう人たちがなぜ発生するのか?、ということを考える上で、次は日本のケースを取上げたいと思います。といのも、数年前、海外で日本教育ブームが起こりそうになったことがあったからです。
(追記)2023年1月、フィンランド政府は自国の教育が事実上失敗したことを公式レポートの中で認めました。以下のリンクをご覧ください。